みなもとのはなし

ひとといっしょにたべる、ひとがひとのためにつくった食事
そんな 心がやさしくほぐれる 食卓
あとで思いかえして しみじみと心がうなずく おいしい 時間

たべることは ひとのみなもとです。
たべること以外にも、そのひと それぞれのみなもと がみんなにある。
みんな それぞれの みなもと を持っている。

お互いにちがって お互いに いいねえ と思いあう
やさしい場所をつくりたい

というのが、みなもと食堂のみなもとでした。
その、みなもと食堂へ来ていただいた方へのお手みやげに、とつくりはじめたのが、紙のみなもとだよりです。

 

おおもとのきもちは、変わらないままに、
食堂はおしまいにして、マーケットをひらいたり、サロンをひらいたり、
ものを作ったり、手をうごかしている途中、いま、

なにをしているときがたのしい?
どんなことがすきか
思わず気になってしまうこと
ときを忘れるほどにやっていられること
意識しないほどにじぶんのままでいる時間
ここちのいいこと すきなもの

そういうことが、人間の、みなもとだろう。
そして、ひとつひとつのみなもとのあつまり。
きりはなすことができない、いいもわるいもない みなもとのあつまり。
それぜんぶで そのひと。
それぜんぶで みなもと。

そんなふうに、考えるに至っています。

 

じぶんになにがある?
何回も考えつづけて
何回もわかりなおす

これがひとの、ひとつのいいすがたなんじゃない?

そんなふうに、思っています。

 

そんなところがおおもとのきもちです。
それをみなもとに、ちいさくまとまらず、おおらかに、やりたいこと/できることをやっています。

もうすこし ぱっと わかりやすいなにか になれたらいいんだろうけれど、
それはまだ時間がかかりそうだなあ と思っています。

でも なんか 気になるなあ なんか なんだろうこれは?
と思っているひとがいてくれたら うれしいです。

 

どうぞ ゆっくりしていってください。お読みくださって ありがとうございます。